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うたた寝読書室(第1回) 「健康男〜体にいいこと、全部試しました!」

「健康男〜体にいいこと、全部試しました!」

A.J.ジェイコブズ著、本間徳子訳、日経BP社

 

 アメリカの男性誌エスクァイアの編集者が、あらゆる(といっても何らかの科学的根拠のあるものに限る)健康法を試す日々を記したノンフィクションです。

 

著者はこれまでに、1年間でブリタニカ百科事典=33巻、33,000ページ、65,000項目を読破した記録『驚異の百科辞典男』(文春文庫、2005)、これも1年間に亘って聖書の戒律を忠実に守って生活したらどうなるか、を描いた『聖書男』(阪急コミュニケーションズ、2011)を発表しています。

 

この「何々男」という題名は、2004年のベストセラー『電車男』からとったのではないか、という気がします。確認したわけではありませんが、『健康男』はタイトルロゴもちょっと似ていますし。3作とも出版社が違うのに「何々男」が踏襲されているのは何だか面白く、著者のややナード(オタク)っぽいキャラクターをうまく伝えています。

 

 

 

健康をテーマに自分を実験台にしたノンフィクションといえば、本ではなく映画ですがモーガン・スパーロックの『スーパーサイズ・ミー』があります。この作品は30日間朝昼晩(水も)マクドナルドを食べ続ける、というめちゃくちゃ体を張った、それでいて軽快かつポップな快作ドキュメンタリーでした。

 

ジェイコブズさんのアプローチはここまで人体実験的なシロクロつけるものではない代わり、じっくりと長い時間をかけて自分の変化を記録していきます。

 

本作では2年間を費やしました。まずは食生活の改善から。章タイトルは「胃」。食事はやはり健康の重要な要素なので「胃、再び」「胃、三たび」と3章を割いています。あとは「心臓」「耳」「お尻」などなど、あらゆる臓器ごとに論文をチェックしたり、専門家に意見を求めたり、トレーニング法を試したりという日々が続きますが、決して難しい本ではありません。彼の持ち味は自虐ネタやサブカルネタを中心としたユーモアのセンス。時にはオモシロ健康法や研究者たちの個性的な横顔も紹介されますし、科学的知見については深入りせずに要領よくまとめられています。一方で徹底してやり抜く姿勢もある。何と本書は、「座りっぱなしは体に悪いから」という理由から、トレッドミル(ランニングマシン)の上で歩きながら書かれているのです。

 

 

 

 

 こうして、健康オタク生活に没入していく日々と並行して、家族親族との関わりが描かれていきます。

 

 こんな執筆方法をしていたら当然家庭生活に影響があるわけで、彼に辟易しながらも常に鋭いツッコミを入れてくる妻のジェリーさんとの絡みは『百科事典男』から続く名物シーンです。

 

さらに本作では、96歳で大往生を遂げるテッドお祖父さんを度々訪問するシーン、徹底して有害物質を体から遠ざけオーガニックな生活をしていたマルティおばさんが63歳の若さで亡くなるエピソードが描かれます。強い信念を持って生き、機知に富んだ二人との交流が作品に深みと親しみを与えています。

 

 

 

 さて2年後、ジェイコブズさんは健康体を手にいれたのでしょうか。答えはイエスでもありノーでもある。体重が減って体型はシェイプされ、1マイルも走れなかったのが短距離ながらトライアスロンを完走するまでになりました。しかし彼はこう書きます。「…この2年間、僕は食べ物や運動のことで忙しすぎた。あまりに忙しくて生活のバランスが崩れてしまっている。」「これからはもっと健康的なアプローチで健康体を目指す。」

 

そして、詩人オスカー・ワイルドの次の助言に従うというのです。

 

「何事もほどほどに。ほどほどにすることも含めて。」

 

極端なまでにやり抜いた果ての結論、たとえそれが平凡なものであっても説得力がありますね。

 

『百科辞典男』では知識と知性、『聖書男』では宗教と戒律、『健康男』では健康と長寿、複雑で大きなテーマをユニークな方法論で探求するジェイコブズさん、次作では「何男」となって私たちを楽しませてくれるのでしょうか。

(了)